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「めんどくさいことから逃げない」————映画『ひゃくえむ。』のアニメーター小嶋慶祐が語る、長く活躍し続けるための人の力

2026.03.28
  • 鈴木樺恋

  • 虎硬

  • でみたす!編集部

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でみたす!
『でみたす!』は、クリエイターと私たちの距離を「グッと」縮めるメディアです。作品からは知り得ない、クリエイターの“知られざる裏側”をお届けします。

アニメを作っているだけなら水物商売だ————。
アニメの制作現場はつねに不安定な足場の中で、個人の熱量に依存してきました個人の熱量に依存し、持続性のなかった現場からいかに脱却し、アニメーションをライフワークへと昇華させるのか。

その回答の一つが、15年以上アニメーション業界の最前線を走る小嶋慶祐氏の制作にありました。

今回『でみたす!』編集部は、話題作『ひゃくえむ。』でもキャラクターデザイン・総作画監督に加え、制作フローの設計を担ったアニメーター・小嶋氏に突撃インタビュー。

現場でのエピソードを交えながら、小嶋氏の語る「持続可能なアニメーター論」に迫ります。


めんどくさいことから逃げず、向かう

(出典:https://hyakuemu-anime.com/)

————『ひゃくえむ。』日本アカデミー賞、優秀アニメーション作品賞受賞おめでとうございます!小嶋さんの仕事がとても評価されていましたね。

『ひゃくえむ。』がたくさんの方に楽しんでいただけているようで、嬉しい限りです。ストーリーとしての面白さはもちろん、アニメーションの技法の点でも話題に挙げていただくことが多く、手応えを感じています。

———— アニメーション制作の最前線を走っている小嶋さんですが、業界の新しいトレンドや変化を感じることはありますか。

現在はCLIP STUDIOをはじめとしてアニメーションツールもどんどん進化していますし、もちろんAIを利用した技術も成長しています。新しい風潮やトレンドは次から次へと耳に入ってきますね。

同時に、アニメーションを作るハードル自体はとても低くなっているとも思います。一昔前は「アニメはこうつくるもの」と確立されていたものが、今はもっと自由に、手軽になっている印象です。

アニメ制作が身近な存在になったからこそ「アニメをつくりたい」という熱量の高い若手も多く見かけるようになりました。ひと昔前のアニメ業界は良くも悪くもカオスだったので、純粋にアニメを作りたい人が制作に集中しやすい昨今の環境は、とても良い兆候だと思います。

(出典:https://www.kadokawa.co.jp/product/322308000228/

———— 技術の進化でアニメーション制作自体がぐっと身近になった昨今ですが、「より良い作品」を生み出すためには何が求められているのでしょうか?

良いものには「正しい労力」がかけられていると思っています。結局、アニメーションはモノづくりの世界です。効率化や簡略化のためのツールはごまんとありますが、それだけで作品を完成させることはできません。

頭をひねり、面白くなる工夫をし、作品を完成させるという一手間が、より良いものを生み出す第一歩だと思います。効率化の先に見えるのは、手を抜いてはならないコアな作業の数々です。

めんどくさい物事から逃げず、この環境下で「どう良いものを作るか」という情熱こそ、モノづくりの根幹であることは、業界の動向を見ても常々感じることではありました。効率化を重視するアニメーションだからこそ、人の力をどのように使うかを考える必要があると思っています。

最短距離で高クオリティを生み出す制作現場

(出典:https://hyakuemu-anime.com/

———— 良い作品には「人の力」が不可欠なのですね。
『ひゃくえむ。』では小嶋さんはキャラクターデザインと総作画監督を務めていますが、具体的にはどのように制作に関わっていたのでしょうか?

『ひゃくえむ。』では役職名通りのキャラクターデザイン・総作画監督に加えて、スタジオスタートアップ協力という、少し特殊な立場で参加させていただきました。

本作はアニメ映画『音楽』で多くの映画賞を受賞した岩井澤健治監督が、「新規にスタジオを立ち上げて劇場作品をつくる」という壮大なプロジェクトでした。つまり、ワークフローや管理体制が固まっていないなか、手探りで制作を進めていく必要があったんです。

そこで私は、キャラクターデザインや総作画監督と並行しながら、全体のワークフロー設計を行っていました。キャラクターデザインや作画監督は、平たく表現すれば「一番正解に近い画」が描ける人間だと思っています。正解を知っているからこそ、正解までの近道も提示することが仕事かなと。

新人からベテランまで勢揃いの現場で、私はバランサーとして「いかにNGを出さず、最短距離でクオリティの高いアニメーションをつくるか」を意識しながら、制作に携わっていましたね。

———— Xではロトスコープで制作された「3分40秒」の長回しシーンも話題になりましたね。このシーンには相当な労力がかかったのではないでしょうか。

作品の大目玉とも言えるレースシーンは、コマ数が1,700枚、レイヤー数も合わせると約9,800枚と、このシーンだけ別でエンドロールが流れるほど多くの人が携わり、それだけ制作コストもかかった一場面です。

ただ、9,800枚全てを白紙の状態からつくり出したわけではありません。ロトスコープは、実際の映像を元に、上からトレースする手法です。今回も、実際の映像から3DCGで下書きを出力してある状態だったので、ある意味「コツコツ描けば終わる」という安心感はありました。

コマ数だけで言えば1700枚。1700枚を一人で描けと言われれば個人にかなり負荷を与えてしまいますが、1人10枚程度のノルマなら現実味があります。そこで、社内に常駐しているメインスタッフ10名、今回のために招集したサブスタッフ70名のチーム編成で、ノルマのうち1枚には必ず、私が一部分作画をするように設計しました。こうすれば、細かな調整を挟まずとも10枚の作画のクオリティを保つことができます。

こうして、チェックの必要は最小限に、最大限の作画体制を産むことで、膨大な量の作画数も総力戦でクリアすることができました。アニメーターが書いたものをなるべくそのままに使うことができる点は、一般的なアニメーションスタジオでは成し得なかった手法だとも感じますね。

———— 更なる効率化のために3DCGでの作画は考えなかったのでしょうか?

『ひゃくえむ。』では手描きであることも作品を構成する重要な要素です。手描きらしいタッチに監督をはじめとしてチーム全体で強いこだわりを持って制作していました。

また、アニメらしさという観点では、ロトスコープ自体にも岩井澤健治監督のセンスが光っています。ロトスコープでは実写を基にするが故に、当然「ぬるぬるしすぎている」という声も見受けられます。しかし、今回は監督自ら映像のコマを意図的に間引くことで、アニメらしい動きと、実写ならではの躍動感を両立することができました。

こうした動きの塩梅は個人のセンスに委ねられる部分が大きいので、制作を共にできたことは、私としても大きな学びです。

『ひゃくえむ。』は"音の映画"。音響チームの圧倒的な演出力にどう応えるか

(出典:https://hyakuemu-anime.com/

———— 制作の裏側にはそんな工夫があったのですね。完成した作品を観て感じたことはありますか?

完成した映画を見てまず思ったのが、『ひゃくえむ。』は音の映画だということです。
ここまで作画のお話をしてきましたが、試写会ではじめて形になった映画を観た時、私は素直に音響に圧倒されました。

監督の作品には一貫して、優秀な音楽チーム、サウンドデザインチームによる卓越した手腕が息づいていると感じています。

———— 具体的にはどのようなシーンの音響が印象に残りましたか?

トガシと小宮の小学生時代、電車の通過に合わせて競争をするシーンの音響には痺れました。よく観ていただけるとわかるのですが、電車の通過音がBGMへ、とても滑らかに繋がっているんですよね。

滑らかな繋ぎを作るためには、ただ別々の音を繋げるのではなく、「繋げるために設計された音」を録る必要があります。サウンドの発注の段階ですでに、音同士を繋げたいという演出プランがないと、あそこまで綺麗な音響は達成できないのです。

なんとなくではなく、「音までも演出する」という音楽チームとサウンドデザインチームの緻密な設計には感動しました。完成したサウンドは、岩井澤健治監督「らしさ」を構築する最大のピースだとも考えています。

ぜひ、お客様にも『ひゃくえむ。』の音響を映画館で体感してほしいなと思いますね。

———— 小嶋さん自身は、キャラクターデザイン・総作画監督として作品づくりで意識したポイントはありますか?

実は、作画という観点だけでいうと意識しているポイントはあまりなくて。今回は漫画原作作品だったので、漫画本来の持つ力強さや雰囲気を残すことを第一に置いていました。その上で、自分が好きなアオリの構図や、立体感が表現できるよう、こだわりを持って微調整は入れています。

今回のように漫画原作だと、表現する絵がある程度決まっていますし、今回パイロット版のキャラクターデザインを務めた亀田祥倫さんはイラストにすごくパワーのある方です。すでに作品として完成されていたという点では、デザインや作画における苦労はあまりありませんでした。

私自身はイラストに攻撃力があるアニメーターだとは思っていないので、その分バランス型として現場を俯瞰して管理するという点で、自分の価値を発揮できたと感じています。

水物商売な働き方はしない。自分の仕事で環境を良くしていく。

———— 小嶋さん自身はアニメーター歴15年を超えるベテランですが、アニメ業界で3年5年と長く活躍し続ける人材にはどんなスキルが備わっていると感じますか?

アニメの市場価値も、そして技術も上がり続けている現在ですが、やはり求められるのは「人の力」だと思います。

SNSに誰もが映像作品を投稿できる時代ですから、もちろんそこからアニメーターとしてのキャリアをスタートさせる方もいるでしょう。スタート地点が多様になった現代だからこそ、大切なのはその仕事を「次に繋げられるか」です。

社会的な交流を積み上げることは当たり前のことのようにも思われますが、実は多くのクリエイターが疎かにしがちなことでもあります。ひとつひとつの丁寧に、次に繋げていく地道な心構えが、この業界で長く活動していく秘訣かもしれません。

———— 小嶋さん自身の今後のキャリア設計についても教えてください。

とにかく臆病にならず、未知の領域に飛び込む姿勢は今後も維持していきたいと思っています。

『ひゃくえむ。』のお話をいただいた時も、大変な仕事になることはわかっていて、挑戦することに怖気付く気持ちは正直ありました。でも、逃げていてもどうしようもないと思い、プロジェクトに参加することを決めたんです。

私個人としては、作品の個性を確立させる画力や、プロジェクトを引っ張っていく推進力についてはまだまだ力不足な点が多いと感じています。そして、そこまでコンテンツに愛と情熱があるかと聞かれると、即答できない自分もいるんですよね。

ただ、だからこそ全体を俯瞰して見れたり、クオリティの管理を細かく設計できる。弱みは反転して、今の自分の強みになっているんです。

今後もアニメーターという枠に囚われずに、誰かの力になれたり、誰かのやりたいことを叶えるという視点で、今回のワークフロー設計然り、自分の真価を発揮できる場所にトライし続けようと思っています。

———— アニメーターとワークフロー設計の2軸で、今後も活動される予定なのですね。

私がまだかけ出しで、アニメの市場が今よりも小規模だった頃、アニメーターの仕事だけでご飯を食べていける人は才能と運を兼ね備えた、ほんの一握りの人だけでした。

つまり、アニメーターは稼げないという風潮が根強くあった時代だったんです。それゆえ、私たち世代のアニメーターはアニメプラスアルファでスキルを磨く、二足の草鞋スタイルの方が多かったように思います。

水物商売とも揶揄されることもあるアニメ業界を生き抜くための私の戦略は、ワークフロー設計で皆さんの環境をより良くすることでした。自分のノウハウを現場に残していくことで、その日で終わりではない、未来に残せる仕事を生み出していきたかったんです。

———— アニメーターの待遇改善について叫ばれていますが、現場から環境を変えていくというアプローチは慧眼です。

『ひゃくえむ。』が終わった今でも、スタジオには私が設計したワークフローが残っていて、未来を背負うアニメーターたちが良いアニメをつくり続けています。それが私のやりがいですし、次の仕事への「種」でもあります。

将来については私自身も悩み、迷っている最中です。完全に裏方に回るか、フロントに立ち続けるかも決め切れていません。でも、何かを成し遂げたい「誰か」の支えでありたいという思いは強くあります。

「誰か」に巡り会うための種まきと、日々の積み重ねを大切に、これからも歩み続けていきたいです。

【作品情報】劇場アニメ『ひゃくえむ。』

  • 配信情報: Netflixにて世界独占配信中
  • キャスト: 松坂桃李(トガシ役)、染谷将太(小宮役)ほか
  • スタッフ:  原作:魚豊『ひゃくえむ。』(講談社「マガジンポケット 」所載 )
    • 監督:岩井澤健治
    • 脚本:むとうやすゆき
    • キャラクターデザイン・総作画監督:小嶋慶祐
    • 音楽:堤博明
  • 公式サイト: https://hyakuemu-anime.com/
  • 視聴ページ(Netflix): https://www.netflix.com/title/81785821

Ⓒ魚豊・講談社/『ひゃくえむ。』製作委員会

鈴木 樺恋

『でみたす!』プロジェクトマネージャー・編集者。コンテンツの企画・製作を担当。画塾で絵を学んだ経験から、「描く側のニーズも満たすコンテンツづくり」を目指しています。

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